最近stravaを使ってみたところ、「推定パワー」というものが表示されることに興味を持ちました。もちろんパワーメーターなんて持ってないのですが、GPSログから計算によって求めているらしいです。
具体的にどういう計算をしているかはわからないのですが、確かにGPSログさえあればパワーを求めることは理論的には可能と思われます。なぜならGPSログには時間ごとの緯度経度および高度が記録されており、その情報さえあれば速度も加速度も勾配も求めることが可能だからです。またそこから物理計算によってパワーを推定することも原理的には可能なはずです。
最近パワーメータートレーニングというものが脚光を浴びるようになり、「脚力」そのものを評価するのにパワーという指標が最も有効であることは今や常識となっています。ただこのパワーメーターというものは恐ろしく高価なもので、よほどのマニア以外には手を出せないような代物です。しかしGPSログからパワーを推定することができればパワーメーターなしでおおよそ自分の出力パワーを知ることができるわけです。もちろんログさえ取れればGarminがなくてもスマホでも十分です。
ただstravaの推定パワーは精度が低いと言われています。その原因はいろいろあると思うのですが、どうせなら高精度化したパワー推定機能を「轍」に搭載したいと考えました。そのために3週間くらい前から研究を始め、ほぼ実用化の目途が立ちました。そこでGPSログからパワーを推定する原理について、2回にわたって解説したいと思います。
パワーとは何か?
パワーメーターではW(ワット)という単位で出力を測定します。一般的にはパワーが大きいほど脚力が強いと認識されていますが、このパワーというものが何を意味するのか、ワットという単位がどこから出てきたのか、正しく理解している人は少ないように思います。そこでパワーにたどり着くまでの物理的意味について考察してみます。
1. 速度
速度というのは2点間の距離を移動するのにかかった時間で割ることによって求められます。GPSログであれば隣接する2点の緯度経度の差から距離を求め、それを時間差で割ることによって簡単に求められます。
速度(m/s)=距離(m)/時間(s)
速度の単位として一般的にはkm/h(キロメートル毎時)が用いられますが、物理学的にはm/s(メートル毎秒)を用いるのが通例となっています。つまり1秒間に進む距離をメートルで表したものです。
m/sを使い慣れたkm/hに変換するには、3.6倍すれば求められます。たとえば10m/sは36km/hのことです。逆にkm/hをm/sに変換するには、3.6で割ればOKです。
2. 加速度
加速度というのは速度の変化量をかかった時間で割ったものです。言い換えれば単位時間あたりの速度変化量を表します。加速度の単位はm/s2(メートル毎秒毎秒)を用います。
加速度(m/s2)=速度の変化量(m/s)/時間(s)
速度の変化ですからプラスにもマイナスにもなり得ます。プラスならば加速、マイナスならば減速を意味します。またちょうどゼロであれば速度が変化しないということ、つまり等速で運動していることを表します。
GPSログから加速度を求めるには、まず1.の方法で隣接する2点の速度を求め、それを時間差で割れば得られます。
また特別な加速度として「重力加速度」というものがあります。これは物体を真下に落下させたときに生じる加速度を意味します。誰でも経験的に知っているように、物を落とすとどんどん加速していきますが、そのときの加速度を重力加速度と呼ぶわけです。重力加速度は通常gという記号で表し、地球上ではおおよそ
g=9.81(m/s2)
であることが知られています。ただし厳密に言うとこれは空気がない場合の話で、実際には空気がありますからその通りにはなりません。
3. 力
物理学で言う「力」とは、有名なニュートンの運動方程式
力(N)=質量(kg)×加速度(m/s2)
から導かれます。ここで質量1kgの物体に1m/s2の加速度を生じさせるような力を1N(ニュートン)と定義します。つまり
1N=1kg・m/s2
でもあるわけです。1Nの力と言ってもピンと来ないと思いますが、たとえば1kgの物体に働いている重力は上の運動方程式により9.81Nですから、逆に言えば約102gの物体を手のひらに乗せたときに感じる力が1Nであると理解することができます。
ここで大事なことは、運動方程式により、加速度が既知であれば質量との積として力の大きさを求めることができるということです。そして2.で述べた通り、加速度はGPSログから求めることができますし、質量は体重と自転車の重さがわかっていればもちろん既知量です。したがってGPSログさえあれば、走行中の自転車に働いている力を時々刻々と知ることができるわけです。
4. 仕事
物理学で言う「仕事」とはあまり馴染みのない言葉ですが、よく知っている言葉で言い換えると「エネルギー」とほぼ同義です。そして仕事とは加えた力と動かした距離の積として定義されます。つまり、
仕事(J)=力(N)×距離(m)
で求められます。ここで物体に1Nの力を加えて1m動かしたときの仕事を1J(ジュール)と定義します。つまり、
1J=1N・m
であるということもできます。GPSログがあれば3.の方法で力を求めることができ、移動距離ももちろん既知量ですから仕事を求めることは可能です。
5. 仕事率
仕事をかかった時間で割ったもの、言い換えれば単位時間あたりの仕事量のことを仕事率と定義します。つまり、
仕事率(W)=仕事(J)/時間(s)
で求められます。ここで1秒間に1Jの仕事をしたときの仕事率を1W(ワット)と定義します。つまり、
1W=1J/s
でもあります。ここでようやくワットという単位にたどり着きました。実は「パワー」と呼んでいるものの正体は仕事率だったのです。つまり1秒間あたり何ジュールの仕事をしているかを表します。
ちなみに電気の世界でもワットという単位を用いますが、電力(W)=電圧(V)×電流(A)として定義されます。ここでは省略しますが、一見関係ないように見えて実はこれも仕事率と等価であることが導かれます。
パワーの正体がわかったところで、GPSログから4.の方法で仕事を求めることができますので、それを時間差で割ってやればめでたくパワーが求められるわけです。
ここでパワーの意味についてもう少し考えてみましょう。仕事=力×距離でしたから、
仕事率=力×距離/時間
と書き換えることもできます。さらに速度=距離/時間ですから、
仕事率=力×速度
と書き換えることもできるわけです。この式から明らかなことは、仕事率(パワー)は力と速度に比例するということです。これを自転車に当てはめますと、脚力が強く(高トルク)、かつ速く回せる(高ケイデンス)ほどパワーが大きいということになるのです。このことからライダーの実力を測るのにパワーというものが非常に有効な尺度であることがおわかりでしょう。
簡単なパワー計算
上の5.で得られた仕事率の定義から、簡単な例についてパワーを計算してみましょう。
たとえば質量1kgの鉄球をひもで吊り上げるとします。このとき鉄球に働いている力は運動方程式により質量×重力加速度ですから、
1kg×9.81m/s2=9.81N
となります。それを1mの高さまで吊り上げたとすると、そのときの仕事は
9.81N×1m=9.81J
となります。そしてこの仕事を1秒かけて行ったとすれば、そのときの仕事率は当然
9.81J/1s=9.81W
です。もし2秒かかったとすれば仕事率は半分の4.905Wとなりますし、逆に0.5秒で済んだとすると仕事率は2倍の19.62Wとなります。
つまりトータルの仕事としては同じであっても、所要時間が短いほど仕事率は大きくなるわけです。これを自転車に当てはめると、同じ標高差を上るのにかかるタイムに反比例してパワーは大きくなるということがわかります。したがってヒルクライム大会上位に入賞するような人はとてつもなくパワーが大きいと言えるのです。
次回はいよいよ実際に走行中の自転車について物理モデルを考え、GPSログからパワーを算出する方法について考察します。
興味のある方は『GPSログからパワーを計算する方法(応用編)』もどうぞ。