GPSログからパワーを計算する方法(応用編)で走行中の自転車に働いている抵抗力には大きく分けて重力抵抗・空気抵抗・転がり抵抗の3つがあることを説明しました。
実際のパワー計算はプログラムに組み込みますので、その中身について知る必要はありませんが、実はヒルクライムに限定すれば簡単な計算でパワーを推定することができます。以下、その理由について説明しましょう。
ヒルクライムがパワー測定に向いている理由
自転車に働く抵抗力のうち、平地では重力抵抗はゼロですから空気抵抗が最も大きなウェイトを占めます。しかし(応用編)で言及しましたように、空気抵抗というのは流体力学的な考察を必要とするため、厳密に求めるのは非常に困難です。そこでライダーの身長と体重から近似式によって空気抵抗を見積もるという簡易的な方法を採用しています。
ところがこれはあくまでも理想モデルであって、乗車姿勢によっても当然変わってきますし、厳密に言えばウェアによっても変わってくるでしょう。そして決定的な問題点は、風向きによって左右されるということです。同じ脚力があっても向かい風と追い風とでは大違いです。要するに平地では空気抵抗の影響が大きいため、アバウトな値しか得られないのです。
一方、ヒルクライムでは必然的に速度が遅くなるため、空気抵抗の影響はぐっと小さくなります。空気抵抗というのは速度の2乗に比例するため、速度が10km/h前後まで落ちるような激坂では重力に比べて1桁~2桁くらい小さく、ほぼ無視できるレベルになります。もちろん転がり抵抗はそれよりもさらに小さいので、無視しても全く問題ありません。
したがってヒルクライムでは重力抵抗だけを考えれば良いので非常に単純になります。しかも(応用編)で求めましたように、重力による仕事量は距離や勾配とは全く無関係で、純粋に標高差だけに依存する性質があります。もう一度、重力による仕事量Wを求める式を以下に示します。
W=mgh
ここでmはライダーの体重と自転車を含む全重量(kg)、gは重力加速度(9.81m/s2)、hは標高差(m)です。さらにパワーを求めるには仕事を時間で割ればいいわけですから、標高差h(m)をタイムt(秒)で上ったときの平均パワーは次の式で求められます。
ここで0.95で割った理由は、(応用編)で言及したように駆動系の伝達損失を5%と仮定したためです。
上の式からわかることは、ヒルクライムにおける平均パワーは標高差とタイムさえわかっていれば簡単に計算できるということです。GPSさえ必要ありません。
また上の式から次の結論が導かれます。
・パワーは所要タイムに反比例する。
・同じタイムを出すには全重量が重いほど大きなパワーが必要。
・パワーが同じなら全重量が軽いほど速い。
・パワーは上昇速度(h/t)に比例する。
以上より、「ヒルクライムが速くなりたければ体重落とせ」という当たり前の結論が導かれるわけです(笑)。自転車を軽量化したって金がかかる割に効果は微々たるものですよ。
逆に言えば、自分の出力パワーがおおよそわかっていれば、山を登る所要時間も予測可能だということですね。
誰でもできる簡単なパワー測定法
上で述べましたようにヒルクライムに限定すれば自分の平均パワーというのはかなり正確に求めることが可能なのです。以下にその方法について実例を示して説明します。
前提条件
パワーを正確に計測するためにはある条件が揃っている必要があります。それは以下の通りです。
・途中でアップダウンがなく、上り一方であること
・途中で止まらないこと
・速度が10km/h以下に落ちるくらいの激坂ほど良い
用意するもの
・体重計
全重量は自分の体重と自転車だけでなく、ウェアや装備品も全て含みます。したがって、普段乗っている格好で装備を全部付けた状態で自転車を持って体重計に乗れば簡単に計測することができます。
・ストップウォッチ
秒単位まで測れればよいので、なければ別に時計でも構いません。
・地図
2点間の標高差を測定するために必要です。地理院地図を利用すれば、地図上を右クリックするだけで標高が表示されます。しかも正確です。なお距離は全く関係ありません。
計測方法
標高差のわかっているスタート地点とゴール地点を選びます。誤差を少なくするためにはなるべく標高差が大きい方が良いでしょう。身近に坂がないという人は頑張って探して下さい(笑)。途中に信号があると止まってしまうのでダメです。ノンストップで走れる区間を選びましょう。
スタート地点でストップウォッチを押して走り始めます。自分の限界パワーを知るという意味では、なるべく頑張って走った方がいいでしょう。
ゴール地点に達したらストップウォッチを止め、タイムを記録しておきます。計算は秒単位で行いますので、秒に直して下さい。そして下の式に当てはめてパワーを計算します。
パワー(W)=全重量(kg)×9.81m/s2×標高差(m)/タイム(秒)/0.95
ここで得られるのはスタート・ゴール間の平均パワーですから、パワーメーターのように瞬間的なパワーを測定できるわけではありません。しかし上の前提が満たされている限り、平均値としてはパワーメーターの実測値とほぼ近い値が出るはずです。ヒルクライムではほぼ重力だけに依存するので、誤差が少ないのです。
パワー計算の実例
僕がいつも通っている天理ダムヒルクライムコースでの実測値をもとにパワーを計算してみましょう。えらいローカルなネタですみません(笑)。
スタート地点:石上神宮前ファミリーマート(標高82m)
ゴール地点:天理ダム堰堤(標高271m)
標高差:189m
計測タイム:25分58秒(1558秒)
全重量:71.4kg
これは昨年秋に計測したGPSログから割り出したもので、重量は最近測ったものです。したがって重量が少し違うかもしれませんが、体重はほとんど変わっていないものとして計算します。
パワー=71.4kg×9.81m/s2×189m/1558s/0.95=89.4W
と出ました。これが高いか低いかですが、めっちゃ低いです(笑)。そりゃこの時も頑張って走ったわけではなく、いつものポタリングペースですからそんなものでしょう。普通の人がちょっと頑張れば150Wくらいは出るはずです。200Wを超えればかなり良い線行っているといえるでしょう。
以上でヒルクライムに限れば平均パワーは簡単に計算できることがおわかりいただけたかと思います。あとは「轍」に組み込んでGPXを投入するだけで自動的にパワーが計算できるようにします。その場合は空気抵抗も転がり抵抗もすべて考慮します。ただいま調整中ですので、もう少しお待ち下さい。