ヒルクライムは独立した趣味である

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自転車自転車趣味

ネタがないので、また役にも立たない自転車論をぶち上げます(笑)。

何年も前から自転車は飽きたのでやめる、と引退論を持ち出してきましたが(爆)、そもそも何十年もやってれば全て行き尽くされて行くところがなくなるのは当たり前なんですよ。しかし、これってよく考えてみると自分がツーリスト的な視点で考えているからそうなるんだなということに今さら気付きました。

ツーリスト的な視点で考えますと、サイクリングは紛れもなく「旅」なんです。旅と言うからにはどこか目的地があって(別に目的地はなくても構いませんが)、道中の風景を楽しんだりするのが目的なわけです。公共交通機関やマイカーを使った旅はどうしても点から点への移動になりがちですが、自転車の旅は移動の過程も楽しむという意味で「線の旅」という性格が強く、それがサイクリングの醍醐味とも言えるでしょう。

ただ自転車の旅を長く続けていますと、必ず行ったところばかりになって新鮮味がなくなってきます。そうなると旅を楽しむというより単なるノルマ消化みたいになってしまって感動がなくなります。これを解消するにはより遠くへ行くしかなくなるわけで、時間もお金も持たなくなってきます。前からしつこく言ってますように、これが「自転車は必ず飽きる」という理由です。飽きたらいずれ自転車をやめる、つまり引退ということになるのです。

まあツーリスト的な視点で考えていると早かれ遅かれ飽きが来るのは避けられないのですが、いったんこのツーリスト的思考を横に置いてみたらどうなるでしょう? ここでは自転車趣味の一分野として近年特に人気の高いヒルクライムとの対比で考えてみます。

ツーリストとヒルクライマーの思考の違い

ツーリストは往復コースを嫌う

自転車の旅、つまりツーリングとヒルクライムとではコース取りからしてそもそも違うことに気付きます。これは非常に本質的なことです。

まずツーリングでは輪行する場合を除き、自宅から自走にせよ車で移動にせよ、必ず元に戻ってこなければならないわけで、基本的には周回コースを好みます。もちろんどうしても周回が取れなくて往復せざるを得ないケースもありますが、ツーリストとしてはそういうコース取りは極力避けようとする習性があります。なぜならツーリングの本質は旅ですから、移りゆく風景を楽しみたいのです。一度通った道をもう一度通るという選択は通常はあり得ません。とりわけ峠というのはコース上で重要なハイライトですが、そこに到達することだけが目的ではなく通過点に過ぎません。峠に着いたら必ず反対側に下って、まだ見ぬ風景を見ることこそが旅の目的なのです。ですから峠で引き返すなんてことは絶対にしたくないのです。

一方ヒルクライムはどうかと言うと、周回コースを取る場合ももちろんありますが、必ずしもそれにこだわりません。むしろ単純な往復あるいは一部が重複することは一般的な傾向です。これはなぜかと言いますと、ツーリングとは目的が違うからです。ヒルクライムではとにかく頂上に登ることだけが目的ですから、そこに到達してしまえば同じ道を引き返すことは厭いません。下りはおまけくらいにしか考えていません。だから峠まで上って引き返すなんてことは普通にするのです。

ヒルクライマーは獲得標高にこだわる

もう一つ、ツーリストとヒルクライマーで大きく異なるのが獲得標高への考え方です。まずツーリストとしては、同じ場所へ行くならできるだけ楽なルートを選ぼうとします。言い換えれば獲得標高ができるだけ小さいルートを選択するのです。自分も常にそういう思考でした。それはなぜかというと、できるだけ無駄なエネルギーを使わずに遠くへ行きたいからです。ツーリストは限られた時間の中でできるだけ多くの場所を訪れることに満足感を見出します。

一方、ヒルクライマーにとってはどこへ行くかではなく、獲得標高だけが全てです。つまり何メートル登ったかということが重要で、頂上からの景色とかは「ご褒美」くらいのものです。ここがツーリストとは真逆で、ヒルクライマーはできるだけ坂が多くて獲得標高の大きいルートを選ぼうとします。そのために一度下った道をもう一度上り返すなんてことも普通にあります(笑)。これなんかツーリスト的な思考では絶対にあり得ないですよね? 無駄以外の何物でもないですから。極端な場合は短い坂を何十往復もして獲得標高を稼ぐこともありますね。身近に山がない環境ではそうせざるを得ないのです。これはもうツーリスト的思考では完全に理解不能、アンビリバボーな行動です(笑)。

ヒルクライムは登山に似ている

よく考えてみればヒルクライムって登山に似てるなと思うのです。登山は言うまでもなく山頂に立つのが目的。より高い山、難しい山に登るほど達成感は高いと言えるでしょう。それはヒルクライムも同じことで、頂上に登ることが目的であり、獲得標高が大きいほど達成感は高くなります。

また登山でも周回コースが取れる場合はそうしますが、多くの場合、山頂までの往復ということが一般的です。それでも山頂に立つことが目的ですから、同じ道を引き返しても満足感はあります。これはヒルクライムでも全く同じことで、頂上まで登り切った達成感を味わえればあとは同じ道を下るだけでいっこうに構わないのです。登山と違って下りは超楽チンですからね(笑)。

したがって、ヒルクライムは自転車を使った山登りであるとも言えるでしょう。言い古された言葉ですが、なぜ山に登るのか?と聞かれれば「そこに山があるから」と答える。これをヒルクライムに当てはめれば、なぜ坂に登るのか?と聞かれれば「そこに坂があるから」という答えになります(笑)。

ヒルクライムは独立した趣味である

以上の考察により、自分が今までいかにツーリスト的思考にとらわれていたかを再認識しました。この思考を変えない限り、自転車趣味は必ず行き詰まります。そこには「飽き」しかないからです。

これまで自分はヒルクライムってサイクリングの一つのカテゴリーくらいにしか考えていませんでしたが、そもそもツーリストとヒルクライマーでは思考様式からして正反対なんですから、これを一つの趣味として一括りにするのは無理があると思いました。つまりヒルクライムというのはサイクリングからは独立した固有の趣味とみなすべきなんです。だから「趣味は自転車ツーリングです」とか「趣味はヒルクライムです」と言うべきなんですね(笑)。

ヒルクライムによって自由度が高まる

これまで自分があまりにもツーリスト的思考にとらわれていたため、周回コースの呪縛から逃れられませんでした。でもこれが意外と大変なことなんですよ。ほどよい距離、ほどよい獲得標高(自分の場合、80km以内・1000m以下)で収めようとすると周回は不可能ということが往々にしてあるのです。たとえば紀伊半島や信州などの険しい山岳地帯では、いったん峠を越えてしまうと元に戻ってくるのに150kmくらい走らなければならないということは普通にあります。これはもう自分の今の体力では無理で、行きたい峠があってもそういうコースは諦めざるを得ませんでした。これまでよく旅行に自転車を持って行っても結局乗るところがないから持って行くだけ無駄と言ってましたが、そういうことだったんですよ。

でもツーリスト的思考の足かせを外すと、ぐっと自由度が高まります。要は峠まで上って同じ道を引き返してくればいいのですから、これまで諦めていた峠にチャレンジできる可能性が出てくるのです。ツーリスト的思考では不満であっても、ヒルクライマーとしては峠に登って景色の一つでも眺められればそれで満足なんですよ。それだけならもうどこへでも行けますよ。思考をヒルクライマーに切り替えることが大事なんです。

ヒルクライムは手軽な趣味

今ほどヒルクライムが人気なのは、一つには「手軽」ってことがあるんじゃないかと思います。これは地域にもよるんですが、日本は国土の4分の3が山ですから、都市圏でも山に登ることは比較的簡単にできるんです。関西で言えば京都や神戸は近くに山があるし、奈良なんてもう「山しかない」ですからね(笑)。簡単に山に行けない地域と言えば、東京・名古屋・大阪の真ん中に住んでいる人くらいでしょう。まあそれだけで全人口の3割くらいになっちゃうんですけどね。

日本人はとにかく忙しいですから、長距離ツーリングに行こうと思えばなかなか時間が取れません。でも近くに山がありさえすれば、ヒルクライムはそんなに距離を走らなくても満足度が高いんです。しかも十分な運動強度がありますからトレーニングにも最適。うちなんか自宅から3km走ればもう山ですしね、ヒルクライムには最適な環境ですわ(笑)。天理ダムだったら1時間で行って帰れますしね、冬でも体力維持のためにスキマ時間で乗れますよ。

それに登って下るだけならマシントラブルがあったとしても問題は少ないです。まあタイヤバーストとかはダメですけど、たとえチェーンが切れたとしても乗って帰って来られますからね(笑)、ヒルクライムは安心感が高いんです。

というわけで、ツーリングよりヒルクライムを趣味にすれば自転車人生が延びるぞって話でした(笑)。

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コメント

  1. 峠おやじ より:

    お久しぶりです。お元気そうで何よりです。
    色々な記事いつも楽しみにしております。

    さて私は脱臼からの回復が遅れて峠漁りが復活してませんが、
    その峠行きがまさに今回のヒルクライム論と通ずるものが
    あります。

    周回コースできればいいけれど、けっこう峠までのピストンが
    多いです。特にトンネル上の旧道・廃道で多用します。
    峠の向こうは通行止めのケースも多いですし。

    それでもおっしゃるように峠のてっぺんに到達することを
    お約束にしているので、満足度は高いです。

  2. SORA より:

    >峠おやじさん

    ご無沙汰しています。
    峠越えの定義から言えば本来は向こう側に下りなければならないのでしょうが、群馬県の毛無峠みたいに向こう側に行けないケースもあるわけで(笑)、現実的には峠のてっぺんに到達したらOKとせざるを得ないでしょうね。それでも登ったら達成感はあるわけで・・

    ただピストンだとどこからスタートするか?という問題が常に出てきますね。アプローチが車載だと極端な話、峠の100メートル下にデポしてスタートしてもいいわけで、それで峠に到達したと言えるのかどうか、いつも葛藤があります。スタート地点はここだよって誰か決めてくれればいいんですけどね(笑)。