珍しく最近読んだ本の紹介をします。若い時は考えもしませんでしたが、自分も老後とか終活とかそういうことを考えるお年頃になったので、こういう本を手に取りました。
DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール
ビル・パーキンス (著), 児島 修 (翻訳)
ビジネス書では世界的ベストセラーになったほどの話題作なのでもう読んだ方もいるかと思いますが、僕は最近知りました(笑)。
直訳すれば「ゼロで死ね」ということ。この本の目的は「人生を最大限に豊かにすること」、それを実現するための「お金の使い方」について説いています。多くの人にとっては人生観が180度ひっくり返るほどの衝撃的な内容かもしれませんが、僕にとっては「これは自分が考えていたことと全く同じだ!」という共感しかありませんでした。自分の考え方が間違っていなかったことを再確認するのに十分な内容でした。
著者がアメリカ人なので日本とは制度が異なるところも若干ありますが、基本的な考え方は日本もアメリカも変わりません。日本人が読んでも十分に役立つ内容になっています。「金銭の奴隷」になっている多くの日本人にぜひ読んでもらいたい本ですね。
あまり内容を要約してもネタバレになってしまうのでそこは本を読んでもらうとして、自分が考えたことを中心に書いてみます。
人生の価値は経験で決まる
この本の中で著者が強く主張していることは、人生の目的は思い出づくりだということ。それは言われてみれば当たり前のことで、いくらお金を貯めても、豪邸に住んでも、高級車を買っても、あの世には何一つ持っていけないからです。持っていけるのはただ一つ、思い出だけです。
つまり有意義な経験を数多くすることが人生の価値を決めるのです。著者は「記憶の配当」とも表現していますが、楽しかった思い出というのはそれを思い出して反芻することにより後から追体験し、幸福感を得ることができます。経験は一度きりのものではなく、一生の財産になるものです。だから経験こそが人生において最も価値あるものなんですね。
貯金が人生の目的になっていないか?
しかし多くの人はお金を貯めることが幸せになる方法だと信じて疑いません。貯金の数字が減っていくことを極度に恐れます。そのためにやりたいことも我慢して節約し、やりたくない仕事を心身をすり減らしてまで続けています。
でもそうやって苦労して貯めたお金をいつ使うのか、考えたことがありますか? もちろん家を買うとか、事業を始めるとか、明確な目的があればいいですよ。でも多くの人は具体的な目的もなしに惰性で貯金をしているだけではないですか? 貯金の数字が増えていくことだけに生きがいを見出す人の何と多いことか。
本来お金というものは人生を豊かにするための手段に過ぎないんですよ。しかしその手段がいつの間にか目的にすり替わっている。お金を貯めることが人生の目的になってしまうと、全てを犠牲にして貯金を死守しようとします。それが金銭の奴隷になっているということです。
金を残して死んではいけない
自分が死んだ後、所有していた財産はどうなるか考えたことがありますか? もちろん子供のいる人なら相続してやればいいと思っているでしょう。でも単身者や配偶者がいても子供のいない人は絶対にお金を残して死んではいけません。
死後の財産は法定相続人がいない限り、最終的には国のものになってしまいます。慈善団体などに寄付したいと思っていても、生前に遺言をしておかなければだめです。自分がやりたいことも我慢して、身を粉にして働いて貯めたお金を国に没収されるとは何と悔しいことでしょうか。そのお金があればもっと有意義な経験ができたわけですから。
今の日本では高齢化と少子化の影響により、行き場のないお金を残して亡くなる人が増えています。その多くが国庫に入っています。そうならないためには生きているうちにお金は使い切らなければいけないのです。これは子供のいない人だけでなく、子供のいる人にも同じことが言えます。著者は死んでから相続するのではなく、生きているうちに子供に分け与えよと言っています。そして残ったお金は自分のためだけに使い切ればいいのです。
これはもらう立場からすれば当然のことで、歳を取ってからまとまったお金をもらうより、最もお金が必要な時期にもらった方がはるかに有効に使えるからです。
歳を取るほど金を使わない
節約と貯金に励む人の心理として、高齢になったら医療費とか介護費がかさむから心配、だから貯金しているんだという意見をよく聞きます。でも実際後期高齢者になったら自己負担は1割になるし、日本には高額療養費制度というものがあるので毎月上限額以上の医療費はかかりません。大きな手術をしても嘘みたいに安い費用で済んでしまいます。だから日本にいる限り、過度に心配する必要はないのです。
それに歳を取って体の自由が効かなくなると、まず外出をしなくなります。旅行などのレジャーはもちろん、日常の買い物も簡単には行けなくなります。だから必然的にお金を使わなくなります。趣味は散歩と庭いじりというお年寄りも多いでしょ? ほんとにお金を使うところがなくなるんです。
お金というものは体が元気な若いうちに使ってこそ価値のあるものです。もうお金の使い途がなくなった老後のために残しておくというのは非常にもったいないお金の使い方です。
いつまで働くのか?
昭和の頃は55歳定年制というのが一般化していて、引退したら年金をもらいながら悠々自適の生活を送る夢のような時代がありました。しかし今では年金は原則的に65歳からしかもらえなくなり、しかも額も少なくなっています。当然その間食いつながなければいけないわけで、今や退職後も65歳まで働くことは当たり前になっています。それどころか70歳や75歳になっても働いている人は決して珍しくありません。
しかしその労働は本当に必要なのかを考えたことがあるでしょうか? もちろん仕事が生きがいだから働いている人もいると思いますが、多くの人は老後の不安に駆られて何となく働いているのが実情だと思います。
働くということは自分の時間を売ってお金に換えるということです。お金を得るために失った時間は二度と戻ってきません。その時間があればできたであろう様々な経験のチャンスを捨てたということでもあります。そこまでして得たお金は本当に必要なものだったのか?
そして時間の価値は年齢とともに下がっていくということを忘れてはなりません。80代の1年より60代の1年の方が何倍も価値があることは火を見るより明らかでしょう。しかし60歳を過ぎても働いているということはその貴重な時間をみすみす捨てたのと同じことです。60歳より65歳、65歳より70歳と、身体は確実に衰えていきます。そしてやっと仕事を辞めて自由になった頃にはもう健康な時間はほとんど残されていないのです。
働いていると老化が早まることも見逃してはなりません。どうしても忙しさにかまけて健康管理が疎かになるからです。特に睡眠不足が一番いけません。睡眠不足は万病の元。病気になるリスクが高まって結果的に医療費が高く付くことになります。
いつまで働くかは個人的な事情が大きいですが、今一度真剣に考え直す必要があります。
人生の総決算をすべし
いつまで働くか?を具体的に数値化するために、人生の総決算をやってみましょうという話です。実はこれ、本を読む前に自分がやっていたことと同じです。なるほど、この考え方は間違ってなかったんだなと確信が持てました。ここが本記事の核心部分です。
多くの人は今ある資産が十分なのかどうかもわからずに闇雲に働いて貴重な時間を潰しています。それは生涯収支という考え方がないからです。
会計の平準化
特にサラリーマンの人は収支を月単位で考える傾向が強くあります。今月は赤字だからちょっと節約しよう、とかね。毎月決まった収入があるからそうなるのですが、自営業者はそんなことは考えません。収入にばらつきがあるのは当たり前なので、年単位の収支で考えます。
たとえば電気代一つをとってみても、夏冬と春秋では全然違うのは当たり前でしょ。それを無視して今月は赤字だとか言っても全く意味がないわけです。一年トータルしてみればだいたい同じところに落ち着くはずです。これを会計の平準化と言います。そうやって年単位で収支を平準化することがまず第一歩。
この考え方をさらに推し進めていけば、生涯の収支を平準化するという考えに行き着きます。人生には進学、就職、結婚、出産、転職、退職、転居、入院などさまざまなイベントがあり、そのたびに年単位で収支が変動することは普通にあります。しかしこれも生涯でトータルしてみれば一定のところに落ち着くはずなんですね。
もちろん20代や30代の若い人は不確定要素が多過ぎて正確に見積もることは困難だと思いますが、子供が独立して還暦前になれば自分がいくら稼げるかなんてもう先が見えているわけです。定年が近い人は次の方法で計算すれば正確に生涯収支がわかります。
収入
まず今ある貯蓄額を全て洗い出します。株式などを保有していれば、そこから得られる配当金なども収入として計上します。
次に賃金。いつまで働くかは別として、とりあえず定年でいったん打ち切ります。昇給はないものとして、それまでに得られる賃金の総額を計算します。
そして年金。繰り上げ・繰り下げもありますが、とりあえず65歳から受給するものとして計算します。これは年金ネットにアクセスすれば将来もらえる年金額を試算できます。
支出
まず毎月の固定費を全部洗い出します。賃貸なら家賃、持ち家なら固定資産税。社会保険料として健康保険料、介護保険料、住民税、年金積立金、生命保険料など。そして水道光熱費、食費。あとはスマホ代などの通信費ですね。それから持病のある人は通院費と薬代を加算します。
車を持っている人は車検代、自動車税、保険料、ガソリン代、オイル代などの維持費を含める必要があります。また耐用年数を考えて車両の買い替え費用も計上しておきます。もちろん高齢になったら車を手放すと思いますが、今はそこまで考えなくていいです。
健康保険料や住民税は市町村のHPを見れば計算方法が載っているので将来の見積が可能です。年金が少ない人は住民税非課税になる可能性が高いので、健康保険料も減免が適用されて非常に安くなるのが一般的です。
物価は年々上昇していくので、当初の見積よりは増える可能性が高いです。そのため支出は多めに見積もったり、毎年修正していく必要もあります。
想定寿命
自分が何歳まで生きるかは誰にもわからないので、ここが一番難しいところですが、現在の健康状態を考慮して最も長生きした「ワーストケース」を想定しておけば十分です。間違っても115歳とか確率的にあり得ない寿命を設定してはいけません。多くの人はここを過大に見積もって無駄に貯金をしているのです。常識的に90歳とか95歳くらいにしておけば十分です。
そして上で求めた年間の収入額から支出額を差し引き、それに年数を掛けたものが生涯の収支となります。途中で退職や年金受給がある場合は、それに合わせて修正します。スプレッドシートに入力していくと計算しやすいでしょう。
予備費
上で求めた支出額はあくまでも最低限の生活費です。これだけでは突発的な出費があった場合に足りません。たとえば病気で入院したり、家の補修が必要になった場合などです。そこであらかじめ予備費として計上しておきます。
これも不安に駆られて無意味に多く見積もる人がいますが、それだけ無駄に働くことになります。個人的な事情によりますが、一般的には500万~1000万円くらい見積もっておけば十分でしょう。
判定方法
上で求めた生涯収支から予備費を差し引いたものがプラスであれば定年で仕事を辞めてもいいということになります。それ以上働くことは経験の機会を失うことになるので慎重になるべきです。逆にマイナスであれば定年後も働かなければ足りないということで、不足分を埋め合わせるには何年働けばよいかがわかります。でも持ち家でローンが完済している場合、マイナスになることは少ないでしょう。なぜなら収入が少なければ健康保険料や住民税などの社会保険料が非常に安くなるからです。日本はなんだかんだ言って社会保険料と家賃がとても高いのです。
でもギリギリプラスくらいなら生活するだけで精一杯であり、趣味を楽しむ余裕はないということになりますね。その余裕を生み出すために、負担にならない範囲で仕事をするというのも良い方法です。もし十分に余裕があるなら、定年を待たずに早期退職するという選択も視野に入ってきます。早く退職すればそれだけ健康寿命を長く使えるわけですから絶対に検討すべきです。
物を買ってはいけない
死ぬまでにお金を使い切らなければと言って、欲しかった物を全部買うのは絶対いけません。物を買っても満たされるのは一瞬だけ、後に残るのはゴミだけです。
自分が死んだ後にそのゴミを誰が処分するのか考えたことがありますか? 特にコレクションという趣味は最悪です。高級腕時計や貴金属など売ればお金になるものはまだしも、本やCDを溜め込むのは最悪中の最悪。本人にとっては宝物でも他人から見ればただのゴミ。そのゴミを押し付けられた家族は地獄です。子供がいなければそのゴミは誰が処分するんでしょうね? いずれにせよゴミを溜めれば必ず誰かに迷惑がかかるんです。自分が被害者だから声を大にして言います。60歳を過ぎたら物を買う趣味はきっぱりやめましょう。
お金は旅行やグルメ、芸術鑑賞など人生を豊かにする経験に使いましょう。ゴミを残して死ぬことは人生最大の不覚です。
健康への投資を惜しまない
正しいお金の使い方として、自分の健康を維持するためには惜しまず使いましょう。それが一番価値のあることだからです。
病気になった時のことを心配するのではなく、病気にならないことが一番大事。要介護にならないためにも体を鍛えましょう。実はそんなにお金のかかることじゃないんですけどね。
結び
多くの人は貯金を増やすことばかりに執心して、貯金を減らすことを極度に恐れます。しかしこの本では「貯金を減らす」ということに焦点を当てたことが画期的だと思います。それも言われてみれば当たり前のことで、お金は使わなければ価値がないんですけどね、それがわかってない人の何と多いことか。
もちろん現実的には死ぬ時に貯金をゼロにすることは不可能でしょう。自分がいつ死ぬかなんて誰にもわからないからです。しかし「ゼロで死ね」という理想を追求することに意味があると著者は最後に述べています。それを意識することで残りの人生を最大限に豊かにすることができる、その通りだと思います。
僕は「人生の総決算」をやってから、どのくらい余裕があるかもはっきりわかりました。余剰金を残り年数で割ったものは毎年趣味などに使っても良い予算となるわけです。その予算は必ず消化しなければ死ぬまでに貯金をゼロにできません。まるで役所みたいな考え方ですが、予算を消化するという発想で趣味を楽しめるようになりました。



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